コーヒーブレイク

ちょっと一息

グアテマラ視察日記

ヒロセ通商の理念となっております「人と世界をつなぐ」ということから行っております、学校建設プロジェクトは7カ国目となり、今回の訪問国はコーヒーで有名なグアテマラです。
現地から学校が完成したと連絡が入ったので、1月18日の午前中に出発しました。アメリカのワシントンとマイアミでの乗り継ぎがあり(アメリカで一泊)、飛行時間は合計26時間に及びましたが、グアテマラと日本時間には15時間の時差があるため、グアテマラに到着したのは1月18日の午後でした。グアテマラの首都グアテマラシティーから今回学校を建設させていただいた、コバンカルチャのセホルまでは車の移動で5時間かかりました。

グアテマラシティーに到着したのは午後でしたが、グアテマラシティーから5時間かかる車の移動はできるだけ夜を避けた方がよいとのことでした。理由を聞いたところ、残念ながらグアテマラは治安が悪く、学校への移動には山道を通るため危険との事でした。
グアテマラシティーはとても面白い構図となっており、政府の建物があるのはZONA1(ゾーン1)、そこからスパイラル状にZONA2, ZONA3と続き、合計22のゾーンに別れています。その中でも気になったのがZONA18。どうみてもスラム街で危険を感じました。現地の方に聞くと「ここはとっても危ない地区よ。だからこのプロジェクトでは、子供たちがこの様な生活をしなくても、勉強する機会、環境を与える事で貧困を減らせると信じてみんな協力してるの」と言われ、私も納得しました。

コバンはグアテマラ中部の都市アルタ‐ベラパス県の県都で、チャマ山脈中の標高約 1320mの地にあります。カルチャは、正式にはサン・ペドロ・カルチャ市といい、コバンからさらに車で30分くらい奥に入ったところにある村です。
現地に着き、プラングアテマラの事務所を拝見させていただき、現地の現状、プロジェクトに関わった方をご紹介していただきました。グアテマラのコバンカルチャ内だけでも様々な民族(ほとんどがマヤ族)が住んでいて、44の方言が使われており、英語が全く通じないため、英語からスペイン語、またスペイン語から現地の言葉に通訳していただく必要があり、通訳の方にお願いすることになっていました。

早速プラングアテマラの方にセホルの町へ連れて行ってもらいました。町は人で溢れており、とても活気を感じました。建物も色鮮やかで、とてもおしゃれでした。現地の方は以外とみんな恥ずかしがり屋な方が多く、日本人と似たところがあり驚きました。

現地の方に勧められ、グアテマラで有名なコーヒー屋さんへ足を運ぶとなんと!
現地の方には見えない金髪で目がブルーの赤ちゃんが店員さんっぽくコーヒーを渡してきました。とても可愛くて、勧められるがままに一番高いコーヒーを買ってしまい、商売上手だなと感心するとともにお話しを聞くと、1940年代にドイツ人がたくさんグアテマラへ移住してきたそうで、このコーヒー屋さんもその時代に移住してきたドイツ人が経営しているとの事でした。次に進められた店はお菓子屋さん。中に入るとスパイスの香りや甘い香りがしていました。すべてお店でおじいちゃんの手により作られているそうで、コーヒー味キャラメルから、コップに水を入れて溶かす板チョコレート、しょうがキャンディーなどありました。私も実際食べましたが、すごくスパイスが効いていて美味しかったです。市販のものと違い、おじいちゃんが一生懸命時間を使って作っている重みを感じました。

子供たちへのプレゼントやお土産を買い、その日泊まるコテージへ移動しました。
コテージはスペインの雰囲気があり、日本にはない雰囲気でした。。。。が!
ここでも日本ぽい物を発見!



それは。。。。。



ひょうたんでした!


現地の方に聞くと、これは水を入れるのよと言われました。
まさにひょうたんじゃないですか!!
意外なところに共通点を見つけ喜ぶ私を横目に、現地の人は 「あ、そうなの。。。」とテンション低めでした。

残念!

次の朝、早速セホルにある学校へ向かいました。「着きましたよ」と声をかけていただいたのですが、学校は見当たらず、踊りたくなるような明るい音楽だけが聞こえてきました。しかしどこに学校があるのでしょう?

目の前の坂の下に学校がある、と言われ、そこから急な坂を下りて行きました。下りて行く途中には日本の旗が何カ所にも立てられていました。

坂の下まで降りていくと、可愛い子供たちが何人も私の手を不思議そうに突っついたり、触れたりして笑っていました。

先にコバンカルチャの市長、校長先生、先生達に挨拶をしてから、子供たちのお母さんが私たちのためにご馳走を作ってくれていたキッチンに入らせて頂きました。ハーブとスパイス、チキンの香りと、それを大きな鍋で炊くための木を燃やしている香りが今でも忘れられません。また子供を3人も抱えながら料理をしていた女の人を見ると、現地の女性達の目からは年々の苦労が浮き出ており、人間の美しさを感じました。思わずカメラを向けたのですが、彼女達は写真を撮られるのをすごく恥ずかしがっていましたので、残念ながらあまり撮ることはできませんでした。

そうこうしているうちに、学校のオープニングパーティーは始まり、関係者のスピーチ、子どもたちによるマヤ族の伝統のダンスを楽しみ、学校の中を拝見させていただきました。

学校の建築を担当したのは女性の方で、多くの子供たちが今回建設した学校を使用できるよう、多機能性を重視し、部屋を2つに分けられるよう、移動可能な壁が作られていました。1つの教室のまま使ったり、2つに分けることで、2クラスの授業を同時に進められる利点があり、とても考えられた教室になっていました。子供たちも嬉しそうに学校内ではしゃいでいました。


子供たちへプレゼントしたボールで遊ぶ時間があると思っていたところ、暗くなる前にグアテマラシティーへ移動しなくてはならないと言われ、泣く泣く学校を後にしました。明るく活気のある音楽が続く中、急な坂を上がりグアテマラシティーに向かい、出発しました。

帰りの車の中から、店の入り口前にあるテーブルで本と鉛筆を持ち、熱心に勉強している子供の姿が見えました。貧困な生活から抜ける力となるため、前向きに勉強する子供たち、またそれを見守り支えるコミュニティーによって、未来は変わると願っています。日本から遠く離れた場所にあり、文化も違いますが、色々なことが共感できたグアテマラだから余計にがんばって頂きたいと心から思いました。

がんばれ!グアテマラの子供たち!

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