コーヒーブレイク

ちょっと一息

ニューヨークで過ごした3年間

私は幼い頃からアメリカのドラマや映画が好きでいつか字幕無しで映画を観たい、また英語を喋っていろんな国の人とコミュニケーションしてみたいという理由から4年前の夏アメリカのニューヨーク州に飛び立ちました。それまで海外に行ったことは無く空港で家族とお別れをした後に飛行機に乗った時、ここから私は一人なのだと思うと少し寂しくなりました。映画やドラマの世界のアメリカしか知らず、ニューヨークに着いた時は現実と理想はこんなに違うのだと驚きました。というのも私が留学していたところはニューヨークシティまでは車で約四時間のところにありとても小さな街だったからです。学校を卒業するまでこの街にいるのかと思うと少し戸惑いもありましたが私はこの街で今までに無い苦労をし、驚きもいっぱいあり、さまざまなことを学ぶことができ充実した3年間を過ごすことができました。


     

初めの一年はとても苦労し、自分の考えが甘かったということを思い知らされた一年でした。食事や家具がついているのが魅力的だったので初めの一年は寮で暮らすことに決めました。しかしながら、食事が思っていた以上にまずくてこのままやっていけるのかと不安になりました。最初に荷物と一緒に持ってきていた日本のインスタントフードを1日で食べてしまいもう食べるものがなく、一週間で一気に5キロも痩せてしまいました。しかし慣れというのは怖いもので徐々に寮の食事も食べれるようになり油が滴り落ちているピザやとても甘いチョコレートチップマフィンやキットカットのファミリーパックを1日で食べることが習慣になり初めの頃に痩せていたのが嘘のように太ってしまいました。
また、通じると思っていた英語が全く通じず、アメリカにいるにも関わらず英語を喋るのが嫌になりました。ルームメイトはアメリカ人2人で、たまにけんかをしたときに相手が言っていることは理解できるのに自分の言いたいことはうまく英語で言えず、とてももどかしい気持ちになりました。

 
授業では教授が話す英語がとても早くていつも聞き取ることができなくてノートを取ることもできず、何が宿題なのかもわからなかったです。授業を受けている生徒でアメリカ人の中に日本人は自分一人しかいなくて、初めの頃は誰とも喋れないと思い寂しかったです。自分の発音も悪いし教授が何を言っているのか聞き取れないしこのままアメリカにいる意味はないと思い長い休みの時に日本に一時帰国しました。

やはり日本では言葉も通じるしこのままずっと日本にいれたらなぁと思ったりもしました。でも、自分はいったい何をしにアメリカへ行ったのかということを考えた時自分の考えはとても甘いし、私は自分にとても甘い人間だなと思いました。発音が悪くて聞き取りも出来ないからといって諦めていたけど初めからできる人なんていないと自分に言い聞かせました。自分は何一つ努力していなかったと気づきました。
そしてその休みを利用し発音の特訓をし、いろんな映画を観たりしました。アメリカに戻ったときに今までのようにどうせ私の英語なんて通じないしなどと思わないようにして、クラスメイトにも積極的に話しかけて仲良い友達が徐々にできるようになりました。
この苦労を乗り越えることが出来たので卒業できたと今でも思います。

     

この3年間は驚きの連続でもありました。知らない人でも道ですれ違うと挨拶をしたり、バス停でバスを待っていると話しかけてきたり、最初は戸惑いましたが一期一会はすばらしいと思うようになりました。
宗教には全く無関心な私でしたが、いろんな宗教の人がいてそれぞれの宗教のことに興味が沸いたりもしました。
アメリカにあるスーパーマーケットのほとんどが大規模で袋につまっている野菜は一人では使い切ることができなかったし、何もかもがビッグサイズでさすがアメリカだなと思いました。スーパーのレジはいつも長蛇の列でほとんどの店員は急ぐ様子も無くレジをしていたのを見たときは驚いたし、イライラもしましたがいつの間にか慣れてしまいました。
また、授業では生徒はただ座って参加しているだけでなく自分の意見をしっかり発言したりしていました。授業に参加していると意見を求められることが多く、「授業での発言」で成績の半分以上が決まってくるという授業がほとんどでした。
住む国が違うだけでこんなに文化が違ってくるのかと驚きましたがカルチャーショックを受けるたびにいろんな発見をできた気がするしその文化に慣れていくのも悪くは無いなと思いました。

 

アメリカでの生活は苦労の連続でしたが、楽しいこともたくさんあり貴重な3年間でした。アメリカ生活の日々を通して日本を客観的に見ることができ、日本とアメリカそれぞれの良いところ悪いところも見ることができ、視野が広がりました。アメリカに行った当初はすごく日本に帰りたかったのに日本に帰国する頃が近づいてきた頃にはアメリカから離れるのがとても嫌でした。初めはただ英語を喋ってコミュニケーションするという目的で向かったアメリカで帰る頃にはそれ以上のことを学ぶことが出来ました。
3年間暮らしたニューヨークの小さな街は私の第二の故郷だと思っています。

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